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★★★<2006年3月、革共同(中核派)関西地方委員会で何が起こったか>★★★
革共同(中核派)関西地方委員会議長の与田(本名は安藤と言い、元日大全共闘)が、月に80万〜100万もの金を不正に受けとっていた。それが10年におよび、その総額は少なく見積もっても、1億数千万になる。
与田は、毎週のように、大阪と実家の大分との間を飛行機を使って行き来し、大阪には週3日、残り4日は大分にいるという生活をしていた。
実家には、温泉つきの豪邸を建て、妻と5人の子どもと暮らしていた。
関西地方委員会の遠山、西島も、与田と一体の腐敗分子に成り下がっていた。
関西では、与田・遠山・西島に対する批判が強まり、2005年暮れぐらいには、関西地方委員会10人のうち、与田派7人、反与田派3人という対立構図になった。
与田は、もとから暴力的なところがある人間だったが、自分に対する批判に対して、糾弾闘争的・打倒主義的に、批判封じをおこない、多くの人が、精神病になったと言われている。
2006年に入り、与田は、反与田派の中心である○○氏を統制処分にし、自分に対する批判勢力を暴力的に排除しようとした。
これに対し、労働者メンバーの多くは、反与田派を支持し、2006年3月14日、与田・遠山・西島ら関西地方委員会多数派を打倒した。
★★★<ここから何を問題点としてえぐり出さなければならないか>★★★
とりあえず、いくつか疑問点を出しますので、この掲示板での活発な議論を期待します。
まず、誰もが単純に思うことは、なぜ、こういう人物が最高幹部の地位につき、とんでもない腐敗行為をおこなっているにもかかわらず、それが10年にも渡り、見過ごされてきたのか、ということだ。なぜ、もっと早い段階で、気がついて、解任できなかったのか。
清水丈夫議長や天田書記長は、なぜ、問題に気がつかなかったのか。「人を見る目がなかった」ということなのか。
「党の革命」云々と言うが、そうしたことが必要になるような惨憺たる組織状況に立ち至った原因の分析が不可欠であるが、機関紙「前進」等を見るかぎり、そうした点は、不鮮明である。
幹部になれば、金をどのように使おうが自由であり、会計報告の義務もなく、監査もされないという状況のようだが、これこそ問題ではないのか。
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