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クオリアとは?

 投稿者:ルカ  投稿日:2021年 4月28日(水)10時22分10秒
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  今、茂木健一郎著「クオリアと人工意識」を読んでいます。

まだ半分までいってないのですが、第1章(人工知能と人工意識)の中にクオリアの説明で
『意識の持つ様々な属性のうち、「クオリア」(qualia)はもっとも重要なものの一つである。
クオリアは、例えば「赤」の「赤らしさ」を指す。
あるいは、水の冷たさ、ヴァイオリンの音色、薔薇の香りなどがクオリアである。
 クオリアは、議論することが難しい概念である。
しばしば、意識についての意見のやりとりの中で、「クオリア」を定義することを求められることがある。
どんな定義を与えたとしても、その問いを発した人が満足することは少ない。
 なぜならば、クオリアは、それについての認知的な理解、すなわち「メタ認知」(metacognition)
を持つ人にとっては、これ以上ないというくらいに「自明」なことだからだ。
一方、クオリアについてのメタ認知をまだ持たない人は、それをいくら説明されてもわからない。』
と書かれています。

ここを読みながら、クオリアの観点では錯視をどう考えているのかと思いました(調べたわけではないですが、
錯視は人間が立体的にものを見る、奥行きを感じる、色を感じるなどの能力を持っていることが
関係しているのではないかと想像しています)。

 錯視について、クオリアの観点ではどう考えるのか、ネットを見ると様々に検討されているようです。
ざっと見ただけなのでよくわかっていませんが、この錯視の図をAIが見るとどう認識するのか、と思いました。
 恐らくミューラー・リヤー錯視で線の長さを確認するなら間違わず、ツェルナー錯視では長い線が平行であることを間違わず、
チェッカーシャドウ錯視なら、四角形の明るさを間違わないだろうと思いました(実際はどうかわかりませんが)。

 これらの錯視がクオリアの何を表しているのかは、研究者によって考えが違うでしょうが、
これを見間違えるかどうかで、判断している主体が人間か、機械かの区別するヒントになるかもしれない、
と思いましたが第4章で、チューリングテストについて述べられています。

 錯視のようなことが言語で起これば、もし言語的錯覚?というものがあって人間なら必ず間違うが、
機械なら間違わない、というようなことがあれば、相手が人間か機械かの区別ができるのかもしれないな、
と思いました。単なる思い付きですが。
 本書の中では、人間なら間違わないが、機械なら間違う課題(チューリングテストの欠陥を補うもの)として
「ウィノグラード・スキーマ・チャレンジ」が挙げられていました。

 錯視は視覚のレベルで起こっているのでしょうが、書き言葉のレベルで錯覚が起こりえるか、考えつきません。
注意障害の検査で、赤や青など色の漢字を、黄色や緑など他の色のインクで書いたものを読むものがありますが、
これは皆が同じように間違うものではなく、また一般的な言語のやりとりとは全く違っています。

 聴覚では、聴覚的な錯覚はあるでしょうが、話し言葉レベルでの錯覚があるでしょうか。
あれば、人間か機械かの区別ができるかもしれません。

 VRも錯覚と考えることができるのでしょうが、VRでは仮想空間で物体を触ったり掴んだりします。
 触覚デバイスは、ユーザーに、力や運動などで皮膚感覚にフィードバックを与えるようですが、
感覚を統合する人間の能力が、触っている、掴んでいる、という感覚と関係しているのでしょう。
あるいは期待感のようなものも少しは影響するのでしょうか。
 そんなことを考えながら、将来ロボットはVRを楽しめるのだろうか、と思いました。
そういうことは既にどこかで論ぜられていたり、本書の後半に書かれているのかも知れませんが。
 
 
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