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ブルーバックスから・追記です

 投稿者:ルカ  投稿日:2021年 9月 1日(水)11時39分57秒
返信・引用
  エーデルマンの「再入力」と言う考え方は、読んだときには
「再入力が(タイミング的にも)ランダムでも、意識は発生すると考えるのか?」
と思っていたと思います。
人間の肉体をインターフェースのようにとらえることは、創世記2章7節と矛盾しないと思います。


集英社新書 「赤ちゃんと体内時計」 三池輝久著
 〃    「MotoGP 最速ライダーの肖像」 西村 章著
新潮新書  「こうして歴史問題は捏造される」 有馬哲夫著

も面白かったです。
 
 

ブルーバックスから

 投稿者:ルカ  投稿日:2021年 8月30日(月)23時21分56秒
返信・引用
  ブルーバックス「時間はどこから来て、なぜ流れるのか?」吉田伸夫著を読みました。
はじめに、にこう書かれています。
 「…アンペールやファラデーらが実験を通じて明らかにしたのは、電気・磁気の担い手が、
物質を構成する原子とは別個のもので、空間の全域に広がっているという事実だった。
こうした物理現象の担い手は、空間を隙間なく埋め尽くす一種の実体として”場(field)”と呼ばれるようになった。
 場は原子とは異なり、空間から取り除くことができない ―
と言うより、場と空間は一体化しており、別々に考えることはできないのである。
したがって、ニュートンのように、物理現象から切り離された形式的な空間を想定する必要はなく、
場という物理現象の担い手を空間と同一視してもかまわない。
 場の考え方は、当初は、電気・磁気の分野に適用されたが、
次第に、物理現象全般にわたる基本的な方法論と見なされるようになる。
 空間が物理現象の担い手と同一視できる実体だとすると、時間はどうなるのだろう?
空間は実体だが時間は形式にすぎないのか?時間の流れは現実に生起する物理的な出来事なのか?
 実は、この問いに答えることが、本書の最大の目標である。結論を先に言ってしまえば、
ニュートン流の時間観―時間は外部から影響を受けることなく、宇宙全域で一様に流れるという見方―を否定し、
場のアイデアに基づいて、それに代わる時間概念を提出することを試みる。…」
 以下、比較的わかりやすく書かれている印象ですが、2章に理解できないところがあり、
以降は正しく理解できていると思えません。

それで7章「時間はなぜ流れる(ように感じられる)のか」から、少し考えます。
 「なぜ『流れる』と感じられるのか、この問いに答えるのは容易ではない。
…多くの人には、『現在』だけが実在すると感じているだろう。
…各瞬間に大脳皮質で行われる情報処理の結果を、
意識主体がオンタイムで“読み取る”ことによって生じる―そんな解釈が一般的かもしれない。」
「意識と時間の関係について考える際に論点となるのが、『ある瞬間の意識』が存在するかどうかであり、
比喩的に言えば、意識とは、映画フィルムのようなものか、あるいは、DVDの動画ファイルのようなものかという問題である。」
と書かれています。
DVDの動画ファイルのことはわからないのですが、そもそも人は本当の瞬間というものを認識することができるでしょうか。
人は無限分の1秒(1/∞秒)ということを想像することはできますが、それを認識し、
またその瞬間の世界を認識することができるでしょうか。このことをパソコンで考えてみると、
データを処理する間隔が1/∞秒ということになれば、処理速度は無限大ということにならないでしょうか(数学に詳しくないのですが)。
もしそうなら、瞬間というときに、それが無限分の1秒(1/∞秒)を指しているのなら、
それはPCにも人間の脳にも、たどり着けない領域を指していることになりそうです。
それは、直線や平面を考えることはできても、実際には造り出せないことに似ています。
人間が考えている「瞬間」には、ある時間の幅があるのではないでしょうか。

このことに関連して、7章に「脳は時間に関して恐ろしく鈍い」という項目があります。
「…人間は、光の伝播や素粒子反応はもちろんのこと、燃焼のような化学反応についても、異様に速いと感じる。
これは、自分を基準にして外界を観測するからであり、人間の頭の回転は、
多くの基礎物理過程と比べて、きわめて遅いと考えた方がよい。
 頭の回転が遅い理由は、その基礎にある神経興奮が、イオンの移動というゆっくりした過程に依存するからである。
…イオンの移動速度は、光の伝播などに比べるときわめて遅いため、
静止電位の状態から活動電位のピークを経て再び静止電位に戻るまで、数ミリ秒“も”かかる。
…ニューロンの軸索を活動電位が伝わる伝導時間は1ミリ秒以下、
シナプスでの化学作用によって他のニューロンにシグナルを伝達する時間は、1ミリ秒から数ミリ秒になる。
感覚入力が大脳まで達せず、脊髄内部の神経系によって定型的な身体反応が引き起こされる脊髄反射の場合、
反応時間は数十ミリ秒で済む。しかし、大脳における複雑な情報処理はそれほど素早くない。
…膨大な数のニューロンが相互作用するので、
「光点が見えたらボタンを押す」といった単純な作業でも、反応に数百ミリ秒を要する。
 大脳における神経活動の大半は無意識化で行われるが、意識が介在するケースでは、さらに時間が掛かる。
…感覚器官が刺激されてから意識内で知覚されるまでに500ミリ秒ほどのタイムラグがある。」
と書かれ、以下「意識の時間構造」、「『時間の流れ』の起源」について論じられています。

 意識は「現在」をある時間の幅をもって「現在」と認識していると思います。そう考えたのは、
「精神医学再考(医学書院)」の中で、エーデルマンの意識論を読んだときでした。以下引用します。
 「…脳は、免疫システムと同じように、個体においても機能している『選択のシステム』であるとみなすわけで、
これが『神経ダーウィニズム』あるいは『ニューロン群選択淘汰理論(TNGS)』なわけだが、
これは少なくとも以下の三つの原理から構成されている。
第一は『発生淘汰』で、…第二は『経験選択』とよばれる…。
第三はニューロン群(マップ)間の『再入力プロセスで』である…。
 エーデルマンはこうしたプロセスが情報処理ではないことを繰り返し強調しているが、
事前に多様な可能性を準備しておき、その中から選択淘汰によって特定の結合や回路が決定されている、というのは、
コンピュータにおける情報処理過程とは根本的に異なっていることは、理解可能ではないかと思われる…。
第三のプロセスである『再入力』が意識の発生にとって最も重要なわけであるが、実際の再入力は、
視床と広範な皮質領域との間、あるいは皮質間、さらには皮質と皮質下構造との間、の膨大な再入力が基礎となる。
進化のある段階で視床の特定の核と大脳皮質との間の『視床-皮質システム』が非常に大きくなり、
これが最初の意識(一次意識(primary consciousness))の出現を促した、とエーデルマンは考える。…
これに対し、言語野の出現とともに、高次の意識(higher order consciousness)が生じてくる。
自己の価値カテゴリー記憶と知覚のカテゴリーシステムとの間に、意味論的能力、統語論的能力が介在して、
新しい『再入力』の生じることが重要な契機になって生じると考えられる…」 引用ここまで。

 ここで再入力ということを考えるとき、脳の神経インパルスは同期して伝達・処理されるものでない(と思います)ので、
もし膨大な数の再入力が意識の基になっているのなら、意識が生まれるためにはある長さの時間が必要になるはずだと思いました。
このこと(この理論を信じているわけではないのですが)から、同様に
脳の機能によって意識が感じている「現在」は、ある程度の時間の長さを持っているだろうと思ったのです。
 PCの情報処理が、クロックによって定められた時に、揃えられた必要な情報を計算することをくり返しているのなら、
脳の機能とはかなり違っていると言えるでしょう。
ディープラーニングのAIを構成する人工ニューロンの一つ一つも、定められた時に、
それぞれの人工ニューロンに必要とされる入力を揃えて入力し、処理しているのではないでしょうか。
 人間の脳には、どの情報とどの情報を揃えて次のニューロンに入力する、というルールはなさそうに思います。
また、その処理のタイミングをはかっている機構もなさそうです。
それでも人間の行動は秩序だっていて、合理的なのはなぜでしょうか。
人間は本質として霊と肉体(脳を含め)を持ち、
肉体は物理的な世界を生きるインターフェースのようにも捉えることができるのではないかと思います。
 

ヨシムラジャパン

 投稿者:CT110@何年振りだろ  投稿日:2021年 7月15日(木)14時44分29秒
返信・引用
  昨日の朝一でヨシムラジャパンから「ベンチのコンピューターが起動しない」との電話

「今日、客先向けのデモが有るので修理してほしい」とてんぱってました。

仕方がないので同型のFAコンピューターを持って行きました。

場所は圏央道の相模原相川から15分程度の所だったのでさくっと到着。

看板が無ければ良く有りそうな町工場という佇まい。

建屋の間の狭い通路を通ってベンチ室に到着しました。

症状はコンピューターの電源入らず……。

持って行ったFAコンピューターの電電ユニット外して交換したら直りました。

システムの立ち上げと動作確認をして無事修理完了です。

ヨシムラに仕事で行くとは思わんかったです。

 

ハードとしてはこんな所でせうが、周辺環境&法は余りにもお粗末

 投稿者:返信任者アラシ@実に久々www  投稿日:2021年 6月21日(月)23時18分51秒
返信・引用
  「トラックドライバーにも言わせて」著者せんせの、ほぼゆーとーり。
https://president.jp/articles/-/46475?page=1

 とわ言え、「だーはら電動キックボードなんて使うんじゃねぇ!」って立場でわナッシング。
こんな乗り物にウィンカーだの、なむばープレートだの、ヘルメットだのを強制し始めるとキリがない。将来的な発展もないだろし。

 単純な話。

・こ-ゆー乗り物群は、先のそーゆーものを自転車同様、免除してやってもよひ。但し同時に&その引き替えに、原付バイク群も全てそう規制緩和すべし。

・公道上を走るありとあらゆる乗り物にわ、運転免許証携帯を義務付けすべし。原付バイクのみならず、自転車(人力&電アシ)・キックボード(人力&電アシ)全てに、でR。(もうなくなったけどセグウェイにも以下同文。)
 その免許証は、希望者にわ、全く無条件で与えてヨッシング。試験も何も不要。

・但し同時に、道交法上の全ての順守義務が伴い始める。また加害的立場で事故を起こしたら、今の4輪&バイク免許のように、法的な刑事責任及び賠償上の民事責任を負わすべし。その管理は、免許証番号を以って行う。

 当然警察は、バソバソそゆのの違反者を検挙して罰金取り立てて余念。今の4輪&バイクをパクるどころではない、莫大に国庫が潤うことであらうwww

 電動キックボーだけがおかしいのではない。そもそも電アシ自転車が無免許&ノーヘル&ノーナンバーで走ってる時点で既に大問題。(とは最早、世間の大半が既成事実の積み重ねで、そう思ってはいないであらうが。。。)

 そりらを如何に原付バイクに近づけるかであらう。もしくは逆に、原付バイク側をそちゃら側に合わせて規制緩和するか、のどっちか。片手落ちは許されぬ。

 理想を言えば上記の通り。しかし、まぁこうわならねぇでせうね。だったら橋本愛喜センセのゆーとーりにするしかない。これが現実。
 

teraさん、出たで!

 投稿者:いけひろ  投稿日:2021年 6月18日(金)08時49分40秒
返信・引用
  https://bestcarweb.jp/news/entame/293384

多分、teraさんが思い描いていたよりはちょっと大きそうだけど。
とはいえ、隔世の感が有りますなぁ…
 

Re: おそくなってしまいました。

 投稿者:ルカ  投稿日:2021年 5月29日(土)14時11分25秒
返信・引用
  昌さんへのお返事です。

どんな症状なのかとかわからずに、高速域でオーバーヒートするなら、
メインジェットを変えながら調整するのかなとか勝手に思ってました、スミマセン。
キャブを触ったことはほとんどありませんし。

スプロケの変更後の調子はいかがですか。
相談しながら、さらに使いやすいバイクになっていきますように。

低速域のパワフルなエンジンを例えるのに、NCシリーズがわかりやすいと思っていたのですが、
NCシリーズはもともと6300回転くらいからレッドゾーンだったと思いますから、
それを9000回転まで回すと、パーツの強度とかまず心配ですね。

NCのような性格のエンジンに、可変バルブタイミング&リフトを組み込んで
9000回転まで回すことを考えるのではなく、
9000回転まで回るエンジンに、可変バルブタイミング&リフトを組み込んで低速型エンジンの性格も与える、
というのが正しい考え方だろうと思いますけど、普通はそんなこと考えませんよね。
何せ素人の考えることですから…。
実際にあったらどんなのか、見てみたいです。
 

おそくなってしまいました。

 投稿者:  投稿日:2021年 5月24日(月)01時05分2秒
返信・引用
  >ルカさん
Takuさんからは「基本設計がかなり低速寄りになっているので、高速域ではガスが薄くて燃えなかったのかも、キャブのガスを濃くしてみるのは?」と言うアドバイスがありました。
買ったバイク屋さんからは
「農場バイクで高速を走るのはちょっと難しいかも、高速寄りにキャブいじると街乗りでかぶりやすくなるよ」、「試しにフロントスプロケを変えてギア比を高速寄りにしてみる?」
と言う事で、まずはスプロケ変更で高速域での回転を下げて発生する熱量を減らすことにしました。


NCのエンジンってもともと回さない設計(ロングストローク)のようなのでNVやVTの逆(回せるエンジンを回さない)のパターンで回るようにした場合、どうなるのか興味があります。
VTECよりはREVやVCっぽい感じでしょうか?



 

「クオリアと人工意識」を読んで

 投稿者:ルカ  投稿日:2021年 5月10日(月)16時08分41秒
返信・引用
  第9章で、「私」の「自己意識」の連続性について、
 『意識には、常に「今、ここ」しか存在しない。一方で、私たちは自分の人生を、生まれ落ちて
ものごころついてからの時間の流れの中で覚えていて、ほぼ一日に一回、睡眠によって
意識の流れが断ち切られるとしても、ずっと同じ「私」が続いてきたと感じている。
「人生って短いな」と慨嘆するときには、前提として、同じ「私」がずっと存在していて、
その「私」が生きている「人生」というものが続いていると仮定している。
 睡眠などで意識が途切れる前後で「私」はいかに続くかという問題は確かにあるが、客観的な
視点から見ればそのような問題さえ実は存在しないように思われる。
 …しかし、実際には、人体を構成する物質は常に入れ替わっている。細胞は分裂と死滅を繰り返す。
神経細胞や、その間のシナプス結合は同じパターンを保ち、だからこそ記憶も保持されるが、
神経細胞やシナプスを構成するタンパク質などの分子は代謝によって少しずつ入れ替わっている。
 「私」を構成する物質は、数週間も経てば入れ替わってしまう。それでも、同じ「私」だと
果たして言えるのか。』
と書かれ、
「セテウスの船」の話から、複製意識について、バートランド・ラッセル(Bertrand Russell)の
「5分前仮説」、アンリ・ベルクソンの「純粋記憶」(pure memory)へと考えて、
 『純粋記憶の問題を追及することは、私たちの自己意識が、この宇宙の全歴史の中で一回だけの
ものであり、一度死んでしまえば二度と戻らないという、自己意識に関する「セントラルドグマ」が
果たして正しいのかどうか、そのことを解明することにもつながっていくだろう。』
と結ばれていますが、
 「私」が「私」であり続けることの理由は、人間には霊があるからだと私は思っています。

 脳機能の研究で、あることをしているときに脳のどこが働いているか、
代謝画像を用いて研究がされ、非常に発展しています(それが代謝を見ているのであるなら、
神経インパルスを直接見ているのではありませんが)。
 大脳で数百億個、小脳で千億個、脳全体では千数百億個あると言われる脳の神経細胞に対して、
代謝画像の空間的な解像度はどれくらいでしょうか。
 大脳では1立法ミリメートルに10万個ものニューロンが詰まっているそうなので、
用いられている画像の空間的な解像度は、まだまだ及ばないだろうと思います。
 リハビリテーションの世界から離れて10数年経つのでよくわかりませんが、
脳そのものについても、私自身についても、まだよくわかっていないのではないかと思うのです。


 私たちは日常生活の中で、様々なことを感じています。
たとえば仕事をしているときでも、
何時までに電話をしておこう、○○君はちょっと元気がないな、今日のシャツは着心地がいい、
朝食はおいしかった、今日は変換の効率が悪いな、目が疲れた、今月はうちの業績は良さそうだ、
喉がかわいてきた、外で物音がした、昼までにこの仕事に一区切りつけよう、今話をしているのは△△さんだな、
ちょっと暑くなってきた、PCに便利な機能があったはずだが…、出張の精算をしておかなければ、
家族の体調はどうかな、腰がだるくなってきた、ズボンを一本買い足そうか、休憩になったらトイレに行こう、
足がかゆくなってきた、帰る前に机の上を整理しとこう、…とか
様々な考えが浮かんでくると思います。

 これらの思いに対して、すぐに行動しなくとも、
それらに関係する脳の領域が活性化していても不思議でないと思いますが、
それらの考えの一つ一つを、画像から知ることは現状では無理だと思います。

 また、実際に代謝画像を撮る場合(その時に見たい領域はほぼ決まっていると思いますが)、
被験者のする課題は同じでも、その時々で違う考えや感情が浮かんでいるとしても、
解像度が低いので、そういうことが違いとして画像に出にくいことがあるだろうと想像します。
 逆に、ある程度の時間、ある程度の体積の平均値として出るので、
課題等に対して、安定したデータとして見えていると言えるのかもしれません。
 空間的にも、時間的にも解像度が高まれば、さらにいろいろなことがわかってくるのでしょう。

 エピローグで、『昔、ある物理学者(ジョン・ホイーラーだそうです)が、
この世界の電子の質量がみな同じなのは、実はこの宇宙には電子が一個しかないからだと言ったように、
実はこの宇宙には意識は一つしかないのだ。…』
と登場人物に語らせていますが、
 おそらく電子は質量だけでなくその性質もみな同じであり、そして他の粒子も同様だと思いますが、
それは神が造られたからだと私は信じます。
 

ウイングレット

 投稿者:ルカ  投稿日:2021年 5月 8日(土)12時02分43秒
返信・引用 編集済
  motoGPマシンのフロントのウイングレットですが、
ダウンフォースに関しては低速域で大きく、高速域ではドラッグが少なく、
操縦性には悪影響を与えないことが要求されるのだろうと思っていたのですが、
2019年のGSX-RRの画像を見たときに、上から見て上下のウイングがずれて面積が大きく見えるウイングレットは
低速のコーナーでのダウンフォースの得やすさに比べて、
高速でのドラッグを少なくしやすいかもしれないと素人考えですが思いました
(低い速度から直線加速するケースはまずないと思いますので、その点では理にかなってそうに思います)。
操縦性に関しては、ロール方向の動きのクイックさが減じるかもしれませんが。

正確に比較できる画像はないのですが、
画像を見直すとドゥカティもそのような考え方が入っているのかもしれないと感じます。
今年のRC213Vも少しずらした配置になっているように思えますが、
実際のところどういう考え方なのかはわかりません。

ヤマハのウイングレットは画像からは形がわかりにくいですね。
他に比べて、後方の流れの制御にも重点が置かれているのでしょうか?

各社とも、カウル全体との関係もあると思います。

ウイングレットの上下のずれに気づく前、バイクがロールしたときに、
下反角が大きくなったり、風の当たり方が変わって、ダウンフォースが増えるようなウイングとか、
直線ではドラッグになりにくいウイングとかできないのか、と思ってましたけど、
各社は当然考慮していたと思います。
 

「クオリアと人工意識」を読みながら

 投稿者:ルカ  投稿日:2021年 5月 8日(土)01時04分40秒
返信・引用
   第8章で自由意思について、ジョン・エックルスがカール・ポパーとの共著「自我と脳」で著した考えを、
『エックルスの考えによれば、心と脳は独立した存在である。そして、心は、物質である脳に作用する。
その作用の場所は、神経細胞と神経細胞を結ぶシナプスである、ここにおけるプロセス、とりわけ、
量子力学的な効果を通して、心は物質である脳に作用する。これが人間の「自由意思」のメカニズムである…。
 エックルスの心と脳の関係、自由意思に関する考え方は、控えめに言っても「大胆」なものである。
物質である脳に人間の意識が作用する機序も、伝統的な科学の枠組みから考えるとそれを受け入れることは難しい。』
と書かれています。

 エックルスの考えが正しいのかわかりませんが、人間の心、意識、思考、知能などを脳から考えるとき、
「量子力学的な考えの転換(?)」が必要かもしれないと思っていました。
もし、脳波を、また神経インパルスをどんなに細かく分析しても、
そこに心や思考や感情などが現れない(クオリア?が現れない)としたら、
脳波や神経インパルスの伝達を、単に電気の流れや波として扱うのではなく、
よりミクロ(高次?)なレベルの法則を探る分析法が必要になるのかもしれない、と思ったのです。
 それは目に見える範囲の物理現象は、ニュートン力学で説明できるが、
よりミクロな現象を説明するためには量子力学が必要であったように、です。

 同じく第8章では、自由意思と拒否権という項目で、
『ベンジャミン・リベット(Benjamin Libet)によれば、ある選択肢が意識に上る前、典型的には約一秒前から、
脳の中にはそれを準備する活動が生まれている。
 また、他の様々な研究グループのデータによれば、意識に上る数秒前、場合によっては十数秒前から、
ある選択肢に向かう神経活動が見られることがわかっている。
時間的なスケールは、神経活動の「シグナル」と「ノイズ」がどれくらい統計的に分離できるかといった状況、
条件に依存しており、実際にはかなり前から選択肢が準備されている事例がある可能性が高い。
…もし、選択肢自体は無意識が準備しているとするならば、意識の働きは何なのだろうか?
 意識は、「拒否権」(veto)の役割を担うものと考えられる。つまり、意識は最終的なチェックを行うのであり、
無意識の準備した選択肢を実行することも、拒否することもできるのである。』
と書かれています。

 リベットの実験から、「自由意思というものは無い」という意見があります。
しかし、意思は人の行動を制御しています。
いろんな考えが浮かんでも、それを実行するかどうかは意志にかかっていると思います。

 以下、感想のようなもの、個人的な考えです。リベットの実験も、他の実験グループの論文も読んでいないのですが、
この課題では、被験者は「手首を動かす」ということを意識しているはずで、日常的な状況とは言いにくいように
思います(何か妙に動かしたくなるということが起こりえるのではないでしょうか)。
 またこの実験は一回6秒以内としたそうです(指示として与えたのかはわかりません)が、
何らかの影響があったかもしれません。
この実験に関しては「6秒以内に、手を動かそうと思って、やめてください」と指示したら、
また「動かしたくなっても動かさないでください」と指示したらどうなるのか、関心があります。
実際にされているのかもしれませんが。

 体が先に反応するということに関して、私たちが運転中に、飛び出してきたものに対して急ブレーキを踏めるのは、
意識的に気づく前(何かを明確に認知する前?)に脳が反応しているからだと言われますが、
そう考えれば、明確に意識する前に体が実際に動いたとしても不思議に思えませんし、
リベットの実験は、ある意味で無目的な動作をするものであるゆえに、不思議な感じを受けるのかもしれません。
 

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