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平成21年度東部ニューギニア慰霊巡拝のご案内

 投稿者:栃木県護国神社メール  投稿日:2009年 5月 2日(土)01時28分14秒
  皆様こんにちは。
千葉県護国神社・栃木県護国神社におきましては本年もニューギニア・ビルマ・パラオ方面等への慰霊巡拝を企画させて頂いております。
本年も東部ニューギニア(ウェワク・アイタぺ・マダン地区)方面への巡拝団を企画しましたが、お蔭様にて最少催行人数を超える応募があり、ツアーが成立し、ニューギニア巡拝を実施することが確定しました。
本巡拝では護国神社神職が随行したうえ、参加御遺族が希望される場所(ゆかりある戦没者のお亡くなりになられた場所、ないしはそこに最も近い場所)まで行き、ねんごろに慰霊祭を斉行させて頂きます。費用の中には往復航空運賃はもとより、ニューギニア国内運賃、自動車代、宿泊費、食事代など全て含まれ、添乗員および現地語のわかる神職が同行しますので、高齢者でも安心してご参加頂けます。
ツアー出発が確定したとはいえ、まだ参加者を募っておりますので、もしご希望の方がいらっしゃいましたら、当神社、または下記担当旅行社までご一報いただければ幸いです。
皆様のご参加を心からお待ち申し上げます。

千葉県護国神社・栃木県護国神社東部ニューギニア慰霊巡拝
最小催行人数:10名(既に10名申し込みにより、ツアーは確実に出ます)
日時:平成21年8月29日(土)~9月5日(土)8日間
費用:348000円
予定巡拝方面
ウエワク(ウエワク・坂井川・坂東川・山南・セピック)、マダン、ポートモレスビー
―お問い合わせ・お申し込み―――
*栃木県護国神社社務所
 〒321-0063 栃木県宇都宮市陽西町1137
 電話 028-622-3180 FAX:028-622-3960
*株式会社ワールドビジネスコミュニケーションズ
 〒107-0052 東京都港区赤坂7-6-43 プラネット赤坂1F
 電話:03-3588-0711 FAX:03-3588-0776
 ホームページ http://www.wbc-tour.com 電子メール info@wbc-tour.com
担当: 高橋

http://www.gokoku.gr.jp/

 
 

4月3日投稿の佐藤様へ

 投稿者:重松正一メール  投稿日:2009年 4月11日(土)21時42分37秒
  ご英霊は戦死日時、場所から おそらく星兵団(第68旅団)であろうと推察できます
レイテ参戦の戦死者は部隊によって日時が一定で 星兵団の戦死者は7月15日が多く
公報が出ています。シラド湾東方地区とは「カルブコス」地区で慰霊碑も遺族会が建立しています。ガタガタの地道ですが 巡拝団はバスで毎年現地を訪れて慰霊に尽くしています
属された正確な部隊名を知る必要があり福井県庁に照会されることをおすすめします
本投稿欄の前の方に私の開設したURL名を記述してあり、更にメール名も名乗っていますから 直接連絡ください
 

祖父について

 投稿者:佐藤メール  投稿日:2009年 4月 3日(金)05時09分35秒
  私の祖父(佐藤久志)は、レイテで戦死しました。
墓石の表記によると、
「レイテ島カンギボット北方シラド湾東方地区にて、昭和20年7月15日戦死」とあります。
戦死日については戦死公報によるもので、おそらくそれ以前に戦死していると思われます。

シラド湾東方ということは、祖父の遺骨は海底に眠っていると思いますが、
いつかは現地に行って自分の目で祖父が最期を遂げた地を訪れてみたいと思っています。

祖父は福井県坂井郡坪江村(現:福井県あわら市)から出兵しました。
陸軍兵長だったようです。
情報としては乏しいかも知れませんが、祖父が所属していた部隊の状況等ご存じの方が
おられましたら御一報いただけたらと思います。

また、シラド湾までの交通手段等もお教えいただけたら幸いです。
 

3月2日投稿の田中様へ

 投稿者:重松正一メール  投稿日:2009年 3月21日(土)08時02分24秒
  歩兵第23聯隊(明9019)、歩兵第72聯隊(旭1128)、いずれの部隊とも宮崎県都城編成の部隊です。満州におられたそうですが 本籍は宮崎県の方ではないでしょうか。
23聯隊は第6師団(明)傘下の部隊でブーゲンビル島で戦闘、72聯隊は第23師団(熊本兵団
戦時号 旭)傘下でルソン島北部で苦闘 死闘するも400名が生還と記録にあります
ご英霊はルソン島で戦死とありますが 72聯隊の可能性は大です
いずれにしても お二人の軍歴を調査されることをお勧めします
宮崎県健康福祉環境部あて(都道府県により若干名称が異なる)調査目的を明示の上、文書にて照会してください
72聯隊は宮崎県の郷土部隊故に 関係者も同地方に集中しており おそらく戦後
部隊遺族会なども存在したのではないでしょうか、今となっては遺族会も解散していると
思われますが 宮崎県の護国神社に照会されるのも一手段です
 

祖父の事を知りたい

 投稿者:田中広宣  投稿日:2009年 3月 2日(月)12時28分36秒
編集済
  老人ホームにいる父から祖父(田中種登美)は、弟の田中久という人と宮崎県都城で招集を受け、フィリピンルソン島で昭和20年4月に38歳で戦死した。伍長だった。という事しか聞かされていませんが、どなたかご存知の方がいらしたら情報下さい。たぶん、都城歩兵23連隊か72連隊に所属していたと思うのですが、、田中久という人も同じ所で戦死(当時23歳)したと聞かされたのですが、、その人の情報もご存知の方がいらしたらお知らせ下さい。祖父が召集された当時に父は6歳で、行進している所しかおぼろげに覚えていないと話していました。その父も戦争の事をあまり語りたがらないのですが、満州で親切な中国人に日本人という事を隠してもらい、引き上げ船に乗せてもらえる事が出来たから日本へ帰れてお前も生まれて生きられているんだ!と聞かされました。  

県下の未収遺骨?

 投稿者:林 幸三メール  投稿日:2009年 2月 2日(月)12時03分38秒
  和歌山県下の未収遺骨の実態を
ご存じの方はお教えください。
 

重松さま

 投稿者:吉田  投稿日:2008年12月20日(土)20時00分22秒
  重松さまの御厚意に感謝いたします。
実は私自身の調査は完全に手詰まり状態で、諦めかけていたところでした。
祖父は宮崎県人でしたので間違い無いですね。
うまく文章にする事が出来なくてもどかしいのですが、
重松さまには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。
 

1年前の吉田様へ

 投稿者:重松 正一メール  投稿日:2008年10月18日(土)05時18分39秒
  10642部隊の投稿に気付き、その後お分かりになったかも知れませんが、回答致します。
第103師団(駿)傘下の独立歩兵第176大隊(駿10642)のことで、米軍がルソン島リンガエン湾に
上陸後カガヤンで迎撃、キヤンガン(山岳地帯)で持久戦を展開、資料では宮崎県都城
編成とあり 同地方の出身者が多いのではないでしょうか。坂本隊とありましたが
属した中隊長の名前から○○隊と称していました
ルソン戦記は詳しくはありませんが この地域には2度巡拝しました。
 

永川様へ

 投稿者:重松 正一メール  投稿日:2008年10月16日(木)06時58分24秒
  ①日本遺族会の巡拝団〈正式には慰霊友好親善訪問団)は遺児に限り且 生涯に一度しか
参加できません。HPで現在募集中です。遺児ということで特別に厚遇していると考えます
②厚労省の巡拝は戦没者の兄弟姉妹も参加可能です。
①の場合同じ境遇の遺児の皆さんですから 直ぐに親しくなり帰国後も私の知る限り全ての班が毎年同窓会を開催しています。②場合は参加者名簿も出身県名と氏名のみで部隊名すら書いてありません。巡拝中の接触のみでその後の交遊はありません
ジャワ派遣第10399部隊とは正式には「特設建築勤務第29中隊(治10399)」のことで
ジャカルタに駐屯していた第16軍傘下の兵站部隊(後方部隊のこと)です。7884部隊は判りませんが前後の部隊番号から同系列の部隊と思われます
何れにしても①②に参加されるとお父上の部隊戦史資料を個別に調査して提供してくれます。

http://www.sakai.zaq.ne.jp./hohei13/index.html

 

10月14日ご投稿の重松様へ

 投稿者:永川道生メール  投稿日:2008年10月15日(水)20時55分6秒
   ご返信ありがとうございます。
慰霊巡拝の費用は国の厚労省所轄のものが53万円、20万円と高額なのに、遺族会のものはどこへ行っても、なぜ10万円で出来るのか不思議なので詳細を知りたいです。
墓に遺骨も無い遺族としては、生きている間に一度は親の戦死した場所か、戦地でもいいですから出かけて行って追悼したいと思い続けています。
「平成20年度政府派遣インドネシア慰霊巡拝」では、宿代も各自が寝巻き、洗面具持参の相部屋でも13,200円から16,500円と高価なホテルですし、食事も毎回市中のレストランで昼食3,300円夕食は4,400円と高額です。遺族の参加者14名には、厚労省外事室職員2名と旅行社の添乗員1名付です。役人の費用はすべて国民の血税ですし、諸々の経費を合わせると多額の税金が使われます。国のために戦って死んだ親達の供養のために、戦後は苦労して生きてきた遺族が行く慰霊巡拝なのにと思うと違和感があります。
 私の父親の消息は、亡母が仏壇に残してくれた軍用葉書に「南方派遣第7884部隊橘中隊」と「ジャワ派遣第10399部隊」の2枚だけです。戦死した場所は、戸籍謄本ではインドネシアの「スンパワ島」になっています。
親達の戦中や戦死時のどんな事でもいいですから分かれば大変ありがたく思います。
 何卒よろしくお願い申し上げます。
 

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